『邪魅の雫』
『邪魅の雫』
朝方から所用の為に外出した所、
成増駅前の本屋の一角にて大きな匣を見付けた。
匣の中には京極夏彦著『邪魅の雫』がみつしり入つてゐた。
嗚呼、もう出てゐる。
『鉄鼠』のやうに厚い本だ。
勿論善く出来た面白ひ小説に違ひない。
然し斯様に重たひ本を持つて出歩く事は出来ぬ。
此れは後程買つて帰る事にしよう。
私は所用を終えた後、真直ぐ池袋の本屋に向かつた。
其処には此の本は置いてゐなかつたので一寸女給に訪ねてみる。
女給は「9月26日の火曜日発売ですね。」と云つた。
嗚呼、何と云ふ事だろうか。
成増で無理矢理にでも買つて於けば好かつた。
私は迂闊にも本に触れ数項読んで仕舞つてゐるのだ。
既に心を触れられて仕舞つてゐるのだ。
「たひむりゐぷ」為る物が現実に有るのなら、
今、此の時分に使つてゐたに相違ひ無ひであろう。
詮方無ひので新宿高島屋にて『時かけ』弐るうぷ目を観た。
「待つてゐる」
男はさう云ふと娘を抱き寄せた。
娘はにつこり笑つて「すぐ行く奔つてゐく」と云つた。
なんだか酷く娘が羨ましくなつてしまつた。