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泥船てすかとりぽか

FC2ガ沈ムマエニ逃ゲダシマシタ。

『崖の上のポニョ』 二回目

えいが

崖の上のポニョ

2008年。宮崎駿監督映画。DVDで観ました。

自分に素直な気持ちで観た時の感想は前に書いたので、今回はなるべくクトゥルー神話的なこととか深読みとか考証とかせずに、単にエンタメ映画としてどうなのか、子供向けに作られたジブリアニメとしてどうなのかという、なるべく一般的に言われるまっすぐな視点(自分的には屈折した視点)を意図しながら観てみました。

そういう観方をすると、やっぱりただひたすら不安になる映画ですよね…。

嵐のシーンとか、自分は「怖いシーン」としか観られないんですけど。ポニョ的にはそーすけに会いたい一心で大津波に乗って追ってくる。でも、そーすけとママ的にはソレに追いつかれたら確実に死ぬから逃げる。このシーンをどう観るべきなのか。どっちを応援するのか正しいのか結局今回もわかりませんでした。

そういう、作者の意図が汲みとり難い話って、どうしても不安に感じるのです…。

嵐の後、水没した街(世界?)に残された人たち。アレを「死後の世界」として観てしまうと本当に救いがないのだけれど。そうでないとしても、家も食料も明日の生活にも救いがないという意味ではさして変わりません。ナウシカで言うところの王蟲が突っ込んだペジテ市みたいな壊滅的状態なわけですし。

そんな世界崩壊の要因については、最後まで曖昧(たぶんポニョのせいなんだけど)にされてますが、その点が一番の不安点だったりします。さすがに、被害の規模考えると理由についてスルーできる部分じゃないもの。『タイタニック』で、船が沈んだ理由が曖昧なまま終わったら、さすがに不安になりますよね。

なのに、そーすけのとりまきも、ポニョの父母も、興味の対象は二人のロマンスについて…。

いや、青い服着た老婆一人だけは最初から冷静だったのかも。ポニョを見た瞬間に「津波が来る」と忌み嫌ったり、最後の最後までポニョの父母にも懐柔されることもなく抵抗していたし。そーいう意味では、良識人はあの老婆だけなんだけど、その役割に何の意図があったのかは結局わからないのも不安要素です。

青の老婆 VS ポニョ父のラストバトルも、老婆が奮闘した意味が全くなかったし…。

そういうわけで、何も考えずに観て、ありのままこの映画を「面白い」と受け入れるのはやっぱり難しいと思います。それは、自分が子供の頃観ていたとしてもたぶん変わりません。逆に「この映画には隠されたメッセージがあるんじゃ?」とか深読みしながら観るなら、一級品であることは確かだと思います。

あとは、これ全部手書き作画ってことを意識しながら観ると、ものすごい映画ですよね。