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泥船てすかとりぽか

FC2ガ沈ムマエニ逃ゲダシマシタ。

『釜山』 3日目

りょこう

釜山3日目。11月27日(金)最終日。

焼肉3回は流石に胃にキました。朝ごはんはホテルでピータンお粥です。

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空港に行くまでにはまだ時間があるので、朝の浜辺を散歩。すがすがしいです。

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海外の岩場には、野良にゃんこがたくさんいました。かわいい。

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そして、その岩場にはまだ火のついた蝋燭とお線香がありました。日本でも、無縁仏に蝋燭を捧げる千灯供養がありますが、あれは海に灯篭を流すものなのでスタイルが違います。古くは海難事故を防ぐために献灯として蝋燭を高台の神社に掲げるという風習もありましたが、それにしては置いてある位置が岩場だし、色々謎です。

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さらに、岩場を散策していると、人魚の像が。

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人魚と言えば西洋の半人半魚(マーマンやマーメイド)、具体的にはライン河ローレライアイルランドのメロウ、ギリシャ神話のシレンなどを想起しますが、東洋のソレは全く別の性質・形状で伝承されています。古くは中国の『山海経』に見られる魚の一種や、『淮南子』における海棲生物など、どっちかっていうと魚9割です。

日本でも『古今著聞集』に『山海経』の影響を受けたと思しき「人の顔を持つ魚」という記載がありますが、より有名なのは八百比丘尼伝承。ものすごく要約すると、人魚の肉を盗み喰いした娘が不老長寿を手にいれてそのまま何百年も生きたという話です。朝鮮半島にもこれに酷似した浪奸伝承という話が残されているのが興味深い。

不老長寿伝説の中の盗み食いのモチーフは、神仙説を前提にした道教的な要素と思われること。また、八百比丘尼伝説の分布の中心は若狭北陸地方であることを考え合わせると、この伝承は高句麗時代の朝鮮半島から日本の北陸地方へ、仏教や道教または民間信仰の宗教者たちによって運ばれた可能性が高いと考えられます。

そこでさっきの蝋燭の謎もあり、自然と『赤い蝋燭と人魚』の物語を思い出しました。

小川未明の創作童話『赤い蝋燭と人魚』も、新潟県の雁子浜に伝わる人魚伝説がモチーフになっています。雁浜の人魚伝説では、人魚は神社の献灯を頼りに佐渡島から渡ってくるとなっていますが、その人魚と恋に落ちた男性が、一度その献灯を忘れてしまったがために、人魚は溺れて死んでしまうというお話です。人魚なのに。

この雁浜の人魚伝説にそっくりなお話が、釜山にもあることを今回初めて知りました。釜山のソレは、海の遙かなたにあるという人魚の国から嫁入りした人魚のお話なのですが、異界からの嫁入りや異種交配がモチーフとなっているという、いかにもクトゥルーっぽいという点で共通しています。『インスマスを覆う影』を思い出しました。

佐渡島も釜山の人魚の国も、インスマスにおける悪魔の岩礁と同じものと考えられます。つまり、そこからやってきた人魚はダゴンやクトゥルーといった旧支配者の眷属ということです。『赤い蝋燭と人魚』において、彼らの子供である少女が作った白い蝋燭は、「船を襲わないで」という旧支配者へサインだったのではないでしょうか。

逆に、金で売られた少女が最後に作った真紅の蝋燭は、「船を襲え」というサインだったということです。そう考えると、釜山の岩場においてあった前述の白い蝋燭についても説明がつきます。アレは無縁仏の供養や安全祈願の献灯などではなく、悪魔の岩礁へ向けたサイン、旧支配者への畏怖の表れだったということです。

話が長くなりましたが、韓国でもクトゥルー神話は大人気とこじつけたかっただけです。

あとはもう空港行って帰っただけなので省略します。おみやげは、向こうのコンビニや免税店で色々物色してみたのですが、あんまり変わったものはありませんでした。なんかのサナギはあるにはあるけど、おみやげとしてはハードル高すぎですし。おみやげの体をなしてるものとなると、海苔かチョコぐらいしか選択肢がないんですよね。

なので、その選択肢を統合した活気的なアイデアおみやげ「海苔チョコ」を購入。チョコに海苔がはさまってます。

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あと、「冬ソナチョコ」。一応試食してみたところ、思ったとおりでした。なので、日本語のできる店員さんに「これ、白い恋○のパクリですよね?」と聞いてみたところ、笑顔で「冬ソナのチョコのてすよー」と返されたので、その商魂に負けて買ってきてしまいました。上海の「黒い恋○」といい、「白い恋○」の認知度はグローバルすぎます。

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でも、とりあえず釜山は焼肉食べられたので好かったでした。
仕事ではもう来ないかもしれないけれど…。