泥船てすかとりぽか

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『第9地区』 ラストシーン考

※ラストシーンに関するネタバレを含みます。鑑賞後に読まれることをお勧めいたします。

第9地区

2010年のアメリカ映画。ニール・ブロムカンプ監督。

とりあえずの所感。
"第1回 『第9地区』 ネタバレなし"

物語の概要説明とそれに対するつっこみ。
"第2回 『第9地区』 暗黒E.T.神話"

と、既に2回に分けて感想を書いてきたわけですが、まだまだ全っ然語り足りなくって。鑑賞後もあれやこれやどんどん想像が膨らんで悶々とした日々を送っておりました。そういうわけで、第3回は物語に秘められた様々な疑問について考察を加えてみたいと思っています。考察というか、ただのぼやきに近いものですけど。

そもそも、「エビは何しに地球にきたんだろう?」と

遭難したにしたって、あんな強力な武器作れるんだから、恒星間航行ができる技術力があるんだから、どうにでもできそうなもんじゃんかと。でも、難民と化した後も彼らが武力を行使しなかったことを考えると、決して侵略戦争目的で来たわけじゃないんだろうなと。武器だって猫缶と交換しちゃってたしね。

いや、でも星新一的な考え方をすると、これも彼らなりの「優しい侵略」方法とも思えてきます。

美しい植物(でも決して枯れない)をプレゼントしたりするみたいな、変化球の侵略手段なんじゃないのかとも思えてきます。実際に、彼らが着実に人口を増やしているという状況説明で締めくくられてもいますし。また、その目的も、移民というよりは「棄民政策」のようにも見えてくる要素もあります。例えば…

…とか、考えているうちに、実は自分の中で考えが大きく変わってきまして。
このエビの目的や動機を考えること自体、なんだかひどく無粋なように思えてきたのです。

そもそも、エビの目的とか生態系に関することは意図的にわからないようにしてますよね。というか、わかるわけないというのが正しい。宇宙人のことなんだから。もしかしたら、趣味で遭難しに来たのかもしれないし。でも、それをナンセンスと考えるのは、あくまで地球人のコモンセンスに照らし合わせた場合の結果ですし。

「エビを理解させないこと」=「異文化に対する理解の難しさ」を直に表現してるんではないでしょうか。

そういう製作意図を想定できてしまった時点から、エビの動機を深読みすると…とか、勝手に想像を膨らませることが非常に無粋な行為に思えてきてしまうのです。そもそも、その「相手を自分の常識に当て嵌めて理解しようとする」こと自体が、結果として差別や争いを生むのではないか?という問題提起とも読み取れます。

例をあげるなら、隣国には「犬を食べる」という文化がありますよね。

自国や西欧諸国の常識に当て嵌めて考えるのであれば、犬は知的で従順な動物だから、食べるなんて非常識と思うでしょう。しかし、隣国では、滋養強壮、精力増強、美容に良いとし、古来から犬食を「習慣」としてきました。その習慣を本気で理解し、じゃあ今日から犬食べますって自国民はおそらくいないと思います。

むしろ、嫌悪感を及ぼし「文化的に劣っている」と卑下する人も多いのではないでしょうか。

でも、自分が他国の文化を卑下するのはいいけど、自国の鯨食文化について他国から卑下されるのは許さんと。結局、「相手を自分の常識に当て嵌めて理解」しようとしても、うまくいかないんです。じゃあどうすればいいのか?単純に「相手とは持っている常識が違う」ということを理解し、尊重してあげればいいだけです。

異文化への理解とは、相手の考えを理解することではなく、相手との違いを理解し尊重することなんだと。

「俺んとこは鯨なんか食わないんだよ。だから、お前んとこも食うな!」って、自文化への同調を求めるんじゃなくて、「お前のとこは食べるんだよね。まぁ、そういう生き方もあるよね。俺は食べないけど。」という、他文化を尊重するって考えが前提になって、はじめて異文化への理解ってできるもんじゃないんでしょうか。

…ってことを言いたいがために、意図的に「エビのことを理解させないように」してるんだと考えました。

…と。実はここまでが前置き。ほんと長くてすみません。つまるところ、「エビの常識は、我々地球人の常識とは違う。」という前提でもって、あのラストシーンを見直してみると、より一層あの場面の深みが増してくるんですよ。おそらく、ヴィカスもそれを理解し尊重した上で、最後の決断に出たと考えちゃうともう…。

「あいつら、戻ってこねーんじゃねーかな…。」

「戻ってこなかったら、そらーもう“仁義”にもとりますわな!許されへんことやわな!」…っていうのは、ものすごく地球人的な(しかもごく限られた文化圏における)常識だと思います。そもそも、来た理由がわかんねーのに、また戻ってくる理由なんかもっとわかるかって。(最後のインタビューでもそれを示唆する発言はありますが。)

おそらく、ヴィカスはその不確定要素について覚悟ができているんですね。それを思うと、涙がもう…。

もし、ヴィカスが「彼らは絶対に帰ってくる」と確信していることを示す描写がわずかでもあったのなら、ここまで感動的なラストにはならなかったと思っています。「返ってくるかどうかはわからないけれど、でも彼らの選択は尊重したい。」、「厭なら帰ってこなくてもいい。」そんな彼の想いこそ、真の異文化理解ではないんでしょうか。

そして、何よりその不確定要素への覚悟にも関わらず、妻への愛をも忘れずに貫いているんですよ…。

なんという、美しいラストシーン。ほんと、この脚本書いた人(監督だけど)は神様だと思いました。
願わくば、この不確定要素を確定づけてしまうような続編は作ってほしくないです。
まぁ、もう『第10地区』やるって噂が出てるみたいなんですが…。