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『イップ・マン 葉問』 もし拳法道場の師範がドラッカーの「マネジメント」を読んだら

1作目だと思ったら、2作目だった。まぁ、いいや。

イップ・マン 葉問

2010年の香港映画。ウィルソン・イップ監督。

ブルース・リーの師匠として有名な、詠春拳の師範であるイップさん。生真面目で武術に関しては無敵のイップさんが、弟子が巻き起こす問題とお金の問題に翻弄されながらの生き様を描く物語。イギリス統治下の香港を、中国人民の視点からリアルに描いたという意味では、カンフーだけでなく歴史モノとしても十分楽しめる内容です。

それにしても、イップさん。マネジメントが全然できないんですね。

性格良くてイケメンで(イケメンなのはドニーさんだが)武術は滅茶苦茶強いのに、とにかく金を稼ぐことと弟子を統率するのが下手。道場を開いても門下生は来ない。でも、がんばって集まった門下生から、指導料をちゃんと集めることが出来ない。さらに、弟子が喧嘩して一緒に捕まって、保釈金のために借金までできちゃう。

ドラッカーの『マネジメント』読んだほうがいいですよ。いやまじで。

自分は読んだことないですけど。『もしドラ』の方なら読みましたけど。それだって、読まないで馬鹿にするよりは読んだほうがいいですよ。特に組織のリーダーを任されたけど、何やったらいいのかわかんない人は。友達づきあいの延長や学校で教わる道徳レベルの方法論でどうにかなるだろうと思ってる人はなおさら。

まず、イップさんがすべきことは、“自分の道場の定義づけ”だと思います。

もしドラ』によれば、ドラッカーの『マネジメント』にはこのように書かれているらしいです。“組織において(中略)努力を実現するためには「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。”、“「顧客は誰か」という問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、最も重要な問いである。”と。

イップさんの道場における“顧客”とは誰か?

お金を出して拳法を習いに来てくれる門下生。そして、武術競技会を主催する香港の道場組合、そこにお金を出して見に来てくれる観客や、スポンサーとなるイギリス人もまた顧客です。この点は、道場組合の長であるサモハン・キンポーがよく理解していながら、中国拳法家としてのプライドとの狭間で苦労している点でもあります。

本作は、そんなサモハンのマネジメントに関する苦悩の物語でもあります。

話をドラッカーのマネジメント論に戻すと、道場とは“上記の顧客に対し、感動を与えるための組織。”になります。ここで重要なのは、道場を“喧嘩に勝つための組織”と履き違えないことです。イップさんの道場の門弟達は、完全にこの点を履き違えていることが原因で、他の道場の門下生と諍いを起こしてしまうのですね。

いや、起こしてくれないと、イップさんの無双が観られないんで、別にいいんですけどね。

ただし、“感動を与えるためには、勝つことは重要”です。さしものイップさんも、この点においては無問題。サモハン戦後に、敵視されてる筈の周囲から自然と沸き起こった拍手、あれこそが“勝利によって与えられる感動”になります。てか、サモハン自身がまっとうな拳法で滅茶苦茶強いあのシーンはマジ感涙。

“感動を与える”ことが“目的”、“勝つこと”は、そのための“手段”に過ぎないということです。

“勝つこと”を“目的”にしてはいけないのです。それは、まさにイギリス人のボクシングチャンピオンのツイスターさんが身を持って証明してくれました。彼は勝利することはできても、“感動を与える”ことはできませんでした。むしろ、中国人の誇りを汚し、怒りを買い、イップさんをリングに上げてしまったのです。

「勝ち負けはではない。」イップさんの勝利者インタビューは、無自覚にもマネジメント論を語っています。

“真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。”(『もしドラ』 59頁より) イップさんは、今回の騒動を通じてこの事を学び、またスクリーンのこちら側の我々にもその重要性を教えてくれたのです。

そういう意味で、本作は完全に“マネジメントのお話”だと思ってみてました。