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『ダークナイト ライジング』 ベインが好きすぎて辛い(ネタバレあり)

ダークナイト ライジング

2012年公開のアメリカ・イギリス共同製作映画。クリストファー・ノーラン監督作品。

昨日鑑賞した後もずっとニヤニヤがとまらず、今日もずっと会社でニヤニヤしながら本作のこと考えてたんですが、その内容がほとんどベインに関することで自分でも驚きです。実際、“昨日書いた感想”もほとんどベインに関することだったし。逆にバットマンとかアン・ハサウェイの尻のことすらぜんぜん触れてなかったし。

ただ、ベインを小物扱いしてた感想が、今日のうちにだいぶ裏返ってしまいましたね。

実際、後からいろんな映画ブログの感想見て、やれ「ベインが小物」だの、「何がしたいんだかわからん」だの、割と本作の批判する意見のほとんどがベイン個人への批判であり、もはや“戦犯”として扱われてる世評が見て取れたわけですが。そして、その感想について否定はせず、むしろもっともだとすら思いはするのですが。

でも、そんな小物だからこそ、ベインは凄いんじゃないか!?と思うようになってしまいました。

そもそも、前作でヒース・レジャーが演じた“神々しいほど格好いい”ジョーカーに比べて、ベインなんて見た目筋肉ダルマです。『北斗の券』に出てきたら頭の上にカウントも出ないで死ぬタイプです。格ゲーに出てきても使用率1パー未満で静かに次回作から出なくなるタイプです。

見た目だけなら“モテ”や“リア充”から最も遠い宇宙の果てに位置する、“俺ら”に類する生き物です。

そんな“俺ら”と同じ“非モテ”の彼が、“金持ち”を“権力”を“体制と秩序”を「お前らの手でぶっ壊せ!」と、反抗を呼びかけるわけですよ。2chの“喪男板”や“嫌儲板”で燻ってる“俺ら”に向かって、「金持ちを斃せ!」「リア充を殺せ!」「革命を起こせ!」と煽動するわけですよ。

ベインは“俺ら”の待ち望んでるヒーローそのものなんですよ。ネ申なんですよ。

以下、自身は如何にして小物扱いするのをやめてベインを“好きすぎて辛い”のかについて、“嫌儲”“非モテ”“終末待望”という3つのテーマに基づいて書きます。あくまで自身の映画感想に基づく見解なので、製作者の意図とはズレているのかもしれませんが、確かに自身の感じとった認識です。

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【ぼくの好きなベインその1. 金持ち爆発しろ!】

自分は金持ちが嫌いです。厳密には既得権益に踏ん反り返ってる資産家が嫌いです。

露骨にそういう“村の名士”や“議員先生”が幅を利かせ、大人社会では公共事業を牛耳り、搾取し、逆えば村八分にされ職を失う。子供社会ではそのドラ息子どもが我が物顔で暴力を振るうが学校も警察も手出しできない。そんな例のあの県に似たような田舎で育ったせいか、心底“金持ち”と“権力者”が嫌いです。

2011年にアメリカで発生した“ウォール街を占拠せよ!”にも完全に同調する想いです。

“We are the 99%”はこのデモのスローガン。1979年から2007年の間に米国の上位1%の収入は、平均すると275%も増加。下位90%を占める世帯の平均税引き前収入は900$低下しているが、トップ1%の収入は税制が累進的でないため70万$以上増加。こんな世界で自由だ平等だと言う権力者には虫唾が走る想いです。

とはいえ「金持ちを殺して、奪っても構わない」とは思いません。それは明確に“悪”だから。

でも、本当にそうでしょうか?“俺ら”は日々死ぬような思いをして労働して、中には本当に死んでしまう者もいて、それで奴らを稼がせているのに?奴らはたとえ“俺ら”が死んでも屁とも思わないのに?ワタミの社長はあんなんなのに?そんな奴らを「殺したい」というのは、本当に“悪”なのでしょうか?

少なくとも法と秩序の面からは“悪”です。だから、ベインは“俺は、必要悪だ”と言ったのです。

自身を明確な“悪”と認識した上で、それでも“金持ちを殺すこと”について、“必要である”と道を指し示しているわけです。誰よりも金持ちが嫌いな“俺ら”に対して。それが正しいことだとは、自分は1ミリも思いませんが、それに賛同してしまう“俺ら”が多いことは、残念ながら事実として認識せざるを得ません。

ジョーカーの“混沌”はあくまで彼一人が望んだものだったのに対し、ベインの煽動する“必要悪”は、多くの“俺ら”によって賛同される可能性を持っています。それは、おそらくフィクションである劇中に限った話ではないのですよね。現実世界で通用しうる“悪の魅力を持っている”のがベインなのです。

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【ぼくの好きなベインその2. 明日世界が滅べばいいのに】

明日核戦争が起きて世界が滅べばいいのに。割とそんなことを考えながら生きてきました。

いわゆる中二病という奴なのかもしれませんが、中二になる遥か以前から割と近くに原発がある地域に住んでて「アレが爆発したらこのへんは全部終わり」とか大人が言うし、ソレがいつ来るのか怯え、ストレスが常態となり、そんな矢先にそこがバケツでアレして「あー、終わったな…」と思ってたら意外と終わらなかったり。

「むしろ、殺すならもっとド派手に殺してくれよ!!」とすら思うようにもなり。

原子力や核爆弾にまで興味を持って調べるようになり、そのうち『アトミックカフェ』という素晴らしい映画にも出会い、そこで描かれる核爆発の美しさに見惚れ。『筋肉少女帯』の“そういう曲”を聴いては「あー、早く今度こそ原発が大爆発してこの世が終わればいいのにー。」と考えるのが日常だったりしました。

だから、昨年Youtubeであの映像を観た時、不謹慎ながら「神様はいるなあ」と思いました。

そういう“終末待望論”を持った人ってのは世の中には結構いるみたいですね。ベインの“革命”に賛同した人の中には、彼が持つ“中性子爆弾”による“破壊”を望んだ人も少なくないんじゃないんでしょうか。ベインの場合“革命”がブラフで、彼の目的は最初から“破壊”だったみたいですけど。

「ベインの目的は“革命”なのか“破壊”なのか?その辻褄が合わないからこの映画は駄目だ!」という批判意見が多く見られますが、その点は明らかに“破壊”だと思います。「市民の誰かが起爆のリモコンを持ってる」というベインの言葉をゴードンさんはあっさりと「ハッタリだ」と言ってますし。

そもそも、ベインはタリアへの想いから彼女の復讐計画に手を貸してただけですし。

タリアの目的は、兎に角バットマンへの復讐。ただ殺しはしないってのはベインの口を借りていってますが、バットマンが守るべきゴッサムの民衆をその敵と変え、正義のために作った武器を悪のために転用し、最後にその“破壊”を見せつけてから「死ぬのを許してやる」という、極めて偏執的な復讐。

ベインの目的が彼女の私怨のお手伝いであるなら、その最終局は“破壊”となるわけですからね。

その“片想い”って動機だけを考えると小物感溢れてしまうベインですが、自身は逃げも隠れもせず“破壊”の中心であらんとする姿には、世の終末待望論者たちが惹かれてしまう気持ちが理解できなくもないです。いつか、ああいう悪者が現れて、世界を破壊してくれるんじゃないかなーと。そんな気持ちが。

ああ、もうリアルにいたね。まだ、何の罰も受けてないから、もう一回ぐらい余裕でやりそうだけど。

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【ぼくの好きなベインその3. そして、リア充死ね!】

結局、“俺ら”が金持ちを憎むのも、世界の滅びを望むのも、自分の“リアルが充実してないから”なんですが。金持ちからはいじめられ、女子からはキモいと言われ、社会からは働けと言われ、でもお前みたいなのは働かせないと言われ、ネットに引き篭もって毎日“鬱ブログ”更新して「リア充死ね!」と書く毎日。

そして、ずっーと片想いだった娘は、“リア充男”とやっちゃってることを偶然知っちゃったり…。

そうだよ!ベインも“俺ら”と全く同じ想いしてんじゃんかよ!!なんか変な穴に生まれたと思ったら、フルヌッコされて障害負わされるし。なんか師匠っぽい人が来たと思ったら「なんかお前見てるの辛いわー。破門な。」とか言われるし。で、好きな娘は自分利用するだけ利用して“リア充マン”とよろしくやっちゃってるし。

「あ”−もういいわ!爆弾とかいいわ!今死ね!すぐ死ね!」みたいになっちゃう気持ちわかるよ!

ここも割と「序盤計画が大事とか言ってたベインが、終盤逆上して計画ぶっ壊してテラ小物臭いw」と批判されてるんですけど、ここベインの気持ち理解できないかなー。我慢できるわけないっしょー。ベインさん“俺ら”の気持ち代弁しすぎでしょー。おのれ“リア充マン”貴様これまで何人の女とー!くそー!!

そもそも、アン・ハサウェイのキャット・ウーマンが仲間とかリア充にも程があんぞ!!

俺の仲間見てみろよ。全員男だぞ。女とか一人もいねーぞ。おかしくね?もうちょっとこう、なんかあるだろーふつーよー。なんかこうゴスっぽい女とか、『ファイナルファイト』の敵の女みたいなあーゆー悪そうな女ぐらいいるだろ。え、あいつ男なの?まじで?このさいもう男の娘でもいいです。

みたいな、ベインの、そして“俺ら”の慟哭なんですよ『ダークナイト ライジング』って作品は!!

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個人的にどうしたってベインがただの小物キャラには見えなかったのもあるし、またそこまでベインを擁護する言説も見当たらなかったので、素直に自分のルサンチマンとを重ねた形で、ざっくばらんに想いをぶちまけてみた次第であります。それが映画の感想として正しいか正しくないかはこの際置いとくとして。

ただ、ベインの擁護=ある種の公序良俗に反するって認識はあるんで、本当に彼が好きすぎて辛いのです。

でも、『ダークナイト ライジング』がテレビ放送される頃には、もっと感受性が高くて文章がうまい“俺ら”のうちの誰かが、もっと上手にベインを擁護してくれていて、彼の評価も作品自体の評価も上がってくるんじゃないかなーと、ひそかに期待はしております。そうならないと続編出ないから正直困る。