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『アメイジング・スパイダーマン2』 MJと8Mileの向こう側

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『アメスパ2』の感想というか、もっと以前からモヤモヤしてたことを書きます。

旧作『スパイダーマン』シリーズのヒロイン、メリー・ジェーン・ワトソン(通称:MJ)を弁護します。

MJの名前でぐぐると“ブス”とか“うざい”という検索候補が出てきますが

もちろん演じるキルスティン・ダンストンがブスなわけはなく、男を転々としたり、金持ちの男になびいたり、ピーターよりも仕事を優先したりという点が、日本人的な感性としては、男女問わず「この性格ブスめ!」と認識されてしまうみたいです。

でも、彼女は親に問題がある貧しい下層の家に生まれながら、ニューヨークで夢を実現しようとする強い女性としても描かれています。その過程で男に頼ったり、男よりも夢を仕事を優先するといった姿勢は、アメリカでは単純に強いヒロイン像なんでしょうね。

と、自分は思ってたのですが、以後もそういう意見ほぼ見かけないので……。

さらに弁護の根拠を示すために『8mile』を持ち出します。劇中エミネム演じるラビットは、実家のある田舎の工場でバイトしながら、ラッパーとして有名なる道、即ち貧困とは関係のない“8マイルの向こう側にいくこと”を夢見ている青年です。

「女優として成功できなければ、ウェイトレスでもやるしかない。」
「8マイルの向こうに行けなければ、工場でバイトするしかない。」

という、貧困層や地方出身者の閉塞感は、自分も茨城のド田舎出身なのでよくわかります。『8mile』も『スパイダーマン』も10年以上前の作品ですが、当時からアメリカにおける格差や貧困問題に関してフィーチャーしていたのですね。

そんな折、日本でも同様に若者の閉塞感を描いた映画『SR サイタマノラッパー』が生まれました。こちらは、レコード屋もライブハウスもないサイタマ県北部のフクヤ市に住むニート青年が、世界的なラッパーになることを夢見る話です。

「ラッパーになれなければ、おっぱいパブでバイトするかブロッコリー作るしかない。」

単純な日常系コメディ映画として認識されてしまいがちだった本作でしたが、地方出身者特有の閉塞感を経験している自分的には、魂にグッと来るものがありました。ほんともう、今の地方経済の逼迫され方はどうしようもなく、ウチの田舎もジャスコがなくなりました。

最近になってようやく“マイルドヤンキー”や“ファスト風土”という形で、一般的にも認識されるようになった地方独特の消費文化圏ですが、それによってようやく“8マイルの向こう側にいくこと”の意味も、一般的に理解されるようになってきていると感じます。

同時にMJのような“貧困や格差をものともせず、社会でのし上がる強い女性”に関しても、この10年間で日本人の理解が進んだのでは?と期待はしているのですが、『アメスパ2』が公開された今年に至ってもMJ再評価の声は起きず……。

「グウェンかわいいよねグウェン!」

の声ばかり聞こえてくるので、本日愚論を展開させていただいたわけでございます。でも、実際エマ・ストーン演じるグウェンがクッソかわいいので、MJのこととか小難しいこと考えずグウェン見にいくためだけにお金払う価値はあると思いますので、おすすめです。