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『君の名は。』 感想

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amazonビデオで『宇宙~時空超越の旅~』というドキュメンタリーを観たんですが、タイムトラベルや多元宇宙みたいなSF概念を、物理学的にわかりやすくかつ割と雑に説明してくれてるんですね。『インターステラー』的作品の副読資料として最適と感じました。

ふと初見時はさほど気になっていなかった『君の名は。』における諸々に関してもやもやしはじめまして。Twitterでやればいいんですが、ネタバレもまだ気にしないといけない時期でもあるので、ほぼ2年ぶりにブログ側に書きなぐってみようかと。

あくまでもやもやした感想でさしたる結論や主張もあるわけでもなく、作品の理解が左右されるような話でもないですが、画像含めてネタバレ全開なのでご注意を。内容はあくまで劇場版を既に観られてる方向けです。

改行目的も含めて、今回参考にさせていただいたリンクも貼らせていただきます。

【参考ブログ】

ayihis.hatenablog.com
shinonomen.hatenablog.com
mintia01.com

既に時系列に関する(矛盾も含めた)考察や、量子力学相対性理論からの見地もいろいろありますが、今回の感想は“時間旅行”とりわけ時間を遡り過去に向かう“時間遡行”に関するもやもやです。

詳しくは後述しますが、“時間遡行”はSFとしてはメジャーネタであるにも関わらず、相対性理論などの古典物理学には割と相反する概念とされてますので、どうにかソレに頼らない作品解釈ができないものか?というもやもやです。

【一般的な作品理解のための時系列】

本作を観て“時系列”が気になる人にとっての認識は概ね↓図のような感じかと思います。入れ替わりによる時間遡行を挟むので、瀧くんの主観認識に基づく物語の時系列は、現実の時系列(ややこしい)とは別に①~⑤を振っています。

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瀧くん(2016)は、②で幾度となく“時間遡行”を伴う三葉(2013)との入れ替わりを行い、③で実際に飛騨に行き三葉の死を認識、④で更なる“時間遡行”と“過去改変”を行い三葉(2013)たちを救うため大きなきっかけを作ることになります。

しかし、この“時間遡行”を伴う“過去改変”いわゆるタイムパラドックスは、“親殺しのパラドックス(過去に行って自分の親を殺すと自分が消えてしまう)”や“未来から来た時間旅行者が観測されない”などの矛盾もはらむわけですね。

こうしたタイムパラドックスの矛盾を説明するために、「時間旅行者による過去改変があると時間軸が分岐し、元の世界と並行した別の世界が生まれる」とする“パラレルワールド”の概念が存在します。

この“パラレルワールド”の発想に類似したものに、量子力学の“多世界解釈”があります。「過去の改変が行われても素粒子レベルで世界の再構成が行なわれるため、結果としてタイムパラドックスは生じない。」という考えです。

↑図はこの“多世界解釈”に基づいて、瀧くんの行動が本来の時間軸Aから過去を改変し、時間軸Bが再構成されたことを示しています。しかし、これはエネルギー保存の法則エントロピー増大の法則・相対性理論等、古典力学の法則に相反してしまい完全ではありません。

「いや、そもそも創作だし…。」

って話は百も承知。別に物理学的な正しさを本作品に求めているわけではなく、あくまで個人的な趣味興味の範疇として、「“素粒子レベルの世界の再構成”とかなんか臭い“時間遡行”や“多世界解釈”に依らない作品解釈がないか?」というもやもやなのです。

【過去には行けないが、未来には行ける?】

過去に行くのは無理筋だけど、「“未来に行く”は可能」と最初に紹介した『宇宙~時空超越の旅~』で言ってました。具体的には、一般相対性理論による「高重力場では時間の流れが遅くなる。」に準じて、ブラックホールを利用するんだそうです。

ざっくり言うと、実在のブラックホールに行くなり、人工的なマイクロブラックホールを使うなりで高重力場をコントロールすることができれば、人為的に対象の時間の流れを遅滞させ、対象者は“未来に行く”ことができるという話です。

トップをねらえ!科学講座』でやってた、特殊相対性理論による“ウラシマ効果”でも可能です。光速度の99パーセントで進む宇宙船内の時計は、静止系の約1/7の速さで進むため、宇宙旅行から帰ってくると地球上では約7倍の時間が流れている。という奴です。

これら物理法則はちゃんと実験を通して証明もされ(原子時計ジェット機に乗っけて飛ばすと地上の時計とズレが出るとかね。)、GPS衛星の運用技術なんかにも応用されてるので、決してSFではないです。未来への時間旅行は実現可能ということですね。

【時間と空間は絶対的なもの?】

未来に行けることがわかると同時に「人や場所や条件によって時間の流れが変わるの?」という疑問もわいてくるかと思います。瀧くんと三葉も、2013年と2016年という、異なる時間の流れを共有しているので、その理解を進めるのにちょっと脱線します。

「個々人が認識している時間は絶対的なものなのではないか?」、「すべての人は“今”、2016年に生き、それを認識しているのではないか?」という、ごく一般的な我々の常識に関する説明をするために、“今”という瞬間を示した図が↓です。

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縦横高さの概念がある三次元空間、つまり宇宙の中に銀河系があり、太陽があり、地球があり、東京に瀧くんがいて、飛騨には三葉がいます。これは確かに全て同時に存在します。この空間を仮に写真のように切り取ったとすると、それが“今”です。

この“今”という空間が、舞台役者のようにステージに存在し、断続的にスポットライトが当たっていく流れを示したのが↓図です。ゲームやアニメで言う“フレーム”(静止画像の連続体が動画を形成している)と言った方がわかりやすいでしょうか。

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ブラッド・スコウ博士は、↑空間と時間を一つのブロックのように捉えた“時空間”に関して「時間が川のように流れているという考えは正しくない」、「時空間とは、過去・現在・未来がすべて一緒に存在する“ブロック宇宙”である」と主張しました。

マサチューセツ工科大学のこの偉い博士はさらに「未来は決まったものだ」といいます。そして「未来だけでなく、現在も過去も同時に存在しており、それらは時空間において散在した状態にある」といいます。

「決して過去が消えたり、未来が現在の場所を取ったりはしない。」「あなたが10年前に経験した事は、完全に過去の物という訳ではない。あなたと同じ空間に居るけど、スポットライトが過去から現在に移動してしまったから、過去という物に触れる事が出来ないだけ。」

この相対性理論と矛盾しない時空理論に従えば、瀧くん(2016)と三葉(2013)それぞれに同時に(っていうのも変だが)スポットライトを当てることができ、“時間遡行”という概念なしに同時にステージに立たせることが可能ではないでしょうか。

時間と空間が“必ずしも同時に流れていく絶対的なものでない”こと、また前述の“未来に行くことはできる”を併せて考えることで、物理法則に相反することなく『君の名は。』の“時間旅行”を解釈することができるんじゃないでしょうか。

【三葉主観で解釈を試みるも…?】

必要なのは、三葉の主観でした。

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前述の瀧くん主観と、三葉主観一番の違いは、“三葉は一度も死んでいない”という点です。死んでいないからこそ、三葉自身は“時間遡行”することなく(死んでたらできない)“2013年と2016年で瀧くんに干渉する”ことで物語を収束させます。

「三葉、自分の街が吹き飛んでる風景みてるやん?」

あれは“瀧(2016)の目を通じて視ている”ので、現実に三葉の体験ではありません。つまり“夢”であり、三葉自身は“死”を体感しているわけではなく、あくまで未来の自称を他人の目を借りて知ることで認識しているに過ぎないと仮定します。

三葉主観を考える上でもっとももやもやするのが、この“夢”と“現実”の差異ですね。三葉は“夢の中でのみ瀧(2016)の体感時間と完全に同期”しつつ、瀧(2016)と入れ替わっている”が、現実では三葉(現実2013)として生きているので。

三葉(夢2013)は瀧(2016)を通じて未来に行き、三葉(現実2013)は東京で瀧(2013)に会います。瀧(2016)は三葉(夢2013)と入れ替わることで、三葉(現実2013)に干渉しますが、三葉体感的に全て2013年の出来事なので“時間遡行”にはなりません。

三葉(夢2013)は瀧(2016)を通じて未来の自分の死を認識しますが、三葉(現実2013)は死んでないので、瀧くんのアレによって生き残れます。これなら古典物理学に反する“過去改変”も“パラレルワールド”も“多世界解釈”に基づく世界再構成も発生しません。

「でも、瀧くんは三葉(2013)の死を本で見てるやん?」

です…。これは瀧くん主観をなかったことにし、三葉主観だけで捉えないといけない無理筋ですね…。改めて、物理法則は無視した“時間遡行”“過去改変”“多世界解釈”モノのSFとして観るのがいいです。

重力場って何か関係ないの?】

今回一般相対性理論に基づく“未来に行く”解釈を考えた理由の一つに、「あの何回も同じ場所に落ちる彗星の理由と、時間旅行ってどっちも重力場に関係する話なんじゃないの?」とも考えたわけですね。

少なくとも、本作と重力に関する考察って全く出てないので、ほんとに関係ないんだろうとは思ってますが。「彗星と時間旅行が物理法則的なSF概念で繋がっていた!」って展開はアツいだろうなあと。勝手にもやもやしていた次第です。

ちなみに新海監督の『秒速5センチメートル』で宇宙探査機の速度が秒速何キロ云々話があったけど、あれは“観測者との距離と速度から生じる時間差=男女の時間認識差”という話だと理解したので、同監督作品的にも物理学ネタあるかなと。

量子力学からの視点】

ほんとはこっちもがっつり語りたいのですが。量子力学的にいう“不確定状況が確定する瞬間”と“そのトリガー”に関してはだいぶ意識して創られているなーと改めて思いました。「観測することによって、あいまいな生死が確定する例の猫」の話を持ち出すまでもなく。

「瀧くんが彗星落下事件を覚えてないのはおかしい」というよくある疑問も、逆に「よく覚えていないからこそ、入れ替わりの対象になったのではないか?」(観測・認識できないからこそ、不確定状況を生み出せる。)という解釈も可能になりますよって。

なんかだらだら書いてたら世が明けそうなので、今日もっかい観て来よう。

※追記
2回目観たら、劇中でてっしーがムー持ちながら「エヴェレットのマルチヴァース(多世界)解釈」ってヒントだしてました笑。